歩道橋 残した犬糞 気にした目 暗部の隅に 積み重なる恥

 




  人の目があるところでは、犬の糞の始末を甲斐甲斐しくするのに、誰もいないとなればスルーしてしまう人がいるようだ。 なんとなく嫌になるのは、人の弱さを見せつけられるような気がしたからか。キリスト教の下ではいつも神が見ているとされる。一方恥の文化の国では、他人がそこにいなければ恥は成立しないというばかりに表現される。

 森の中に白いビニール袋に入ったゴミが捨てられていた。回収しようか迷ったが、とりあえずスルーした。不埒に捨てる人がいて、一方回収する人もいる。理不尽なような気がしたが、誰かの不正を誰かが補正したとすれば、それはそれで合理的なのかもしれない。翌日か翌々日そこを通ったらそのビニール袋は存在しなかった。

 過ちが放置された犬の糞、補正されたビニール袋。世の中にはいろいろな形態の不正があり、それは補正されたりされなかったりする。




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