座して待つ 足掻き悶える いずれかな 待つこと自体 騙し絵塗り絵


  現代において好まれるのは、詩歌か散文かと問われれば、概ね前者と言われているようだ。長く表現されることは好まれない。イチローであり、大谷であり、翔平である。鈴木一郎でもなく大谷翔平でもない。つまり一文節が好まれ、二文節以上は一文節に集約される。しかし、そこには詩歌におけるような一語一句に対する造詣も愛情も感じられない。むしろ現代は、詩歌にしろ散文にしろ、文学そのものが虐げられ、忌避されている時代である。(なお散文の対義語としては韻文を上げるのが一般である。)

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