縋る手 幾度か拒み 拒まれて 精一杯の 生きる様習う
ノースポールギク・5月1日・垂水小学校
漱石著「三四郎」を読んだ。巻末の解説は、とても小難しくて閉口した。こんなものを喜ぶ風潮があったようだ。一般的には、私的にも、「坊ちゃん」と並んで青春謳歌物だと言われてるのでは・・。
そんなことはさておき、ほとんど動きのない小説だ。「センセイの鞄」みたい。
さて主人公の三四郎は美禰子に一目惚れ。その気持ちは、直裁に文中に何度も語られる。ところが一方の美禰子の方はというと、直裁に語られることは一切ない。ついに最後まで。あるのは行動しかない。そこから彼女の気持ちを押しはかることになる。主人公にお金を融通したこと、そのお金の返済を素直に受け取ろうとしなかったこと、そして自らの肖像画を描いてもらうについて、拘ったポーズ・衣装は、初めて主人公と会った時のもの。
いずれもどのようにでも捉えられる事柄だ。
これで恋愛小説と言えるのか。最後はどうなったのか。
当たり前の疑問ではある。ただ飽きもせず面白く読まさせてもらった。これが読後感だ。
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