涙ぐむ少年
その野球少年は、野球をやる子は同じだが、レギュラーを念願していたのだろう。守備について一試合に何回か打席に立つ。バッティングは一打席ダメでも次の、そしてその次の打席には打てるかもしれないものだ。しかしレギュラーにはなれなかった。
ワンアウト、走者2、3塁の場面で、代打の指名がきた。同点の場面だ。しかし彼の打力に期待した指名ではなかった。指示はなんとバントだった。彼は殊更バントが得意という器用なプレー屋ではなかった。深読みすれば、選手は一度は出場さないといけないという事情に基づく指名だった。
彼にとっては、思い切り打ちたいのに意に沿わない打席となった。相手ピッチャーは、簡単にバントさせないとばかり、外角低めを狙ってきた。2度失敗した。気がはやって、前に転がす前に一塁に走りかけたこともあった。「当ててから走るんだろう。」理屈が合っているだけにズシリと効いた。「バントもできんのか‼︎」鋭い声はコーチだ。
指示はバントを取りやめた。「打て」に変わった。常識的な流れだ。ツーストライからのバントは通常ない。
それを見越した相手ピッチャーは高めにスピードボールを投げ込んできた。物の見事に空振り三振が成立した。野球をよく知った常道の攻めだった。低めばかり攻められ目線が下に向かっているときに高めに投げられると虚をつかれてどんな悪球でも打者は手を出してしまうものだ。
思い通りにもできず、指示にも応えられず、その日の彼の野球は終わった。下を向き涙が滲んでいた。誰も彼を慰めもしない。
家に帰って塞いでいると、結局今日三振したからで終わってしまいそうだ。いじめと同じで自分の惨めさを繰り返すことはあり得ない。嫌なことを繰り返し体験することになるからだ。
ランニングの途中ふと立ち寄ったグラウンドで一瞬見た光景に触発されてこの一文がなった。しかし本当は違うかも。過去のどこかにあったどうしようもない惨めさが書かせたかも知れない。
彼も大人になって秋のグラウンドで同じように思うかも知れない。
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