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躑躅咲く これ見よがしの 赤ピンク 情緒これ欠き 可愛げなしよ + 統計

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   昨日までの来訪者総計は5027名。投稿合計は478首。

桜の実 いつからかしら サクランボ 青空バックに 煽られ煽られ

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   季節の変わり目は体調が落ち着かない。こんな時は静かにやり過ごそう。  

思い付き しようとしたら そこにない 在ったことだけ 微かに残る

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毎朝の 体重計 目を凝らし 日々の増減 納得の日も

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             ハリセンジュ・28日・平磯緑地   60年ほど前の話で昨日は盛り上がった。ボケてるはずの友が昔のことの観察眼を仕切りに誇る。学生の夏の半袖開襟シャツのこと。その折りにはシャツの袖を織り込んで短くするのが流行っていたと主張する。当方にすれば流行っていたのかいないのか全く念頭にないから、返す言葉がない。それほど重要なこととも思えないが、ちょっとヤンチャな学生がそんなことをやり出したらしい。まあ人から見ればどうでもいいことだが、これで盛り上がると言うのは、要はワイワイ言いたい仲だと言うことだろう。  

曇天を バックに映ゆる 新緑の葉 小雨混じりの 午後の散策

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            モミジバフウの新緑・26日・平磯緑地  今年は未だに肌寒い日が続く。バックが重い灰色の空、これはとてもいい。  時刻がわからず、時間を超越する。画面は黒白に近く、色を超越する。木々の枝振りと葉がことさら強調されている。  

先ず在って 流れが続き 一呼吸 静かに見直す 心の隅々 

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  東京帝国大学と東京大学、その権威はその各々の時代で如何ばかりであろうか。明治の御代で低かろうはずがなかろう。そこの新入生の話を新聞の読者はどのような思いで見ていたのであろう。等身大にとらえることができた人はほとんどいなかったであろう。「三四郎」はそんな小説である。    

肝腎な 時に逃げるは 悪癖か 悔いても悔いても やはり治らず

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             アキグミの甘い香り漂う・平磯緑地・25日  漱石著「それから」30歳の無職の男。親からの仕送りで生活する。秘書並みの書生がいて、飯炊きの老女がいる。この男が悉く親や兄弟の言うことを聞かない。そのくせ自分の友人が金に困ると、なんとか融通してくれないかと頼み込む。自分の面倒も見れず、さらに友人の面倒まで見てくれとは、まともな大人の発想とは思えない。  この男が友人の妻に惚れる。そして告白する。この機に至り親や兄弟は匙を投げ、最後男は狂う。  これだけのことなのに、ああでもないこうでもないと筆は進んでいく。こんな話を新聞小説で読まされたら読者も堪ったものではないか。  ところで明治の世ならばこそ最後男は狂うが、現代においてはいかがなものか。男と妻にだけ焦点を当てればそれなりにお話としては筋が通る。  読んでいてずっと頭から離れなかったのは、親からの援助を止められたら働いたこともないこの主人公はどうするつもりなのかという心配だ。主人公はその辺り能天気だ。全く理解できない。子供が30歳になった時、家を出て自分で暮らしなさいと諭した我が身からすると、親の対応にも納得がいかない。要は30歳にもなって自ら立っていけないような人間にああでもないこうでもないと言う屁理屈を言わせることを許せるのかと言うことだ。  愚作と言いたい。