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8月, 2023の投稿を表示しています

どっぷりと 押し切られてる 老い老いに 朽ち果て尽きて 居なくなるまで + 統計

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 深山で熊に遭遇しかけたり、何時間も談笑した後突然「あなたは誰?」と驚かされたり、父親と間違われて睨みつけられたりと老いにまつわる被害話は尽きないし、当然加害話だって尽きはしないだろう。  尽きないと言えば儲け話だろう。いつまでも呆けない錠剤だとか、いつまでも歩ける錠剤だとか、ともかくそんな類のものだ。老人は大きな資産を持ちながら消費に貢献しないと言われてきたが、健康や寿命に関する件なら出費は惜しまない。放送後三十分以内ならお買い得と背中を押してやればことは簡単なようだ。「放送後三十分以内」は魔法の言葉だ。絶大な魔力を持っている。大きな資産を持ちながらケチな老人の弱点を知り抜いている。それに次ぐのは「ひと家族3箱まで」だ。一箱だって本来怪しいのに、「3箱まで」と言われると3箱買わないと損した気分になる。  「団塊」の大波が消えるまで狂乱は続く。 統計  訪問者数 6041   投稿数  601

乾いた森 木漏れ日きつく 駆け抜ける あぶられ 汗の 滴り落ちる

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  溌剌とはしているが、本当に生気の溢れた頃を知る身からすれば、やはり水分が十分とは言えない。降ってもお湿り程度で地中が水で満たされるということはない。全体の葉が縮こまりがちだ。

照りつける 陽浴び風揺る 血の色の 百日紅 潜む妖しさ

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   この時期見ることができるのは、ムクゲとサルスベリ(百日紅)、これらと併せキョウチクトウ、いずれも馴染めない。

爆音に 雲貫きて 首東 機体煌めき 次元を超えて

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   例年なら秋の気配があちこちに散らばっていても不思議じゃない頃だが。まあ夏の盛りの雰囲気ではある。戸外に出るとギラギラに頭がボォっとしてくることも。

息切らせ 駆けた坂道 今はもう 何気なく行く 5年の賜物

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              ハーバーランド喫茶店・27日午後  結果的には今月も雨量は多くなかったようだ。長めの雨が降った後平磯緑地に行くと必ず怪しげなキノコが出現していたが、今年はまだ見ていない。ただ湿気は尋常ではない。

頼りなげ ツクツク1匹 細き声 夏の末なのに ギラギラの陽

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      古い友人が肺がんになったらしい。これで癌に患う友人は二人になった。癌になる人は二人に一人とか三人に一人とか、がん保険の会社が囃し立てる。実感がそれに近づいてきたようだ。これだと帯状疱疹になるのは80歳までに三人に一人というのも、鬱陶しいことに実感に近づくかもしれない。  「亡くなるのは一人に一人」  

驚いた 寒蝉ほぼなく 森そぞろ 秋待つはずの 役者揃わず

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  四季がなくなり二季になるらしい。春夏秋冬が乾季と雨季に。  ところでクマゼミとアブラゼミが跋扈するのにひかえてツクツクホウシとヒグラシの影が薄い。まあ天候異変を見つけて嘆くのはもう飽きてきたが。こうなると異変が常態である。  さて温帯から亜熱帯になるというのは、聞いていて驚きでも何でもない。この一連の温暖化によって、ロシアは無価値な大地が豊かな大平原に変わるかもしれない。その前に長年眠ってきた諸々のウイルス群が襲いかかるわけだが。

幸薄げ 餌やり女よ 懐かしい マスク顔の 野猫梳く姿

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                24日・平磯緑地・ツバキ   湿度の高い過ごしにくい天候が続いている。気の晴れない抑え込まれたような雰囲気だ。  ところでワグネルのブリコジンが航空機事故で死亡したと報じられている。爆発とも撃墜とも報じられている。このような事態を想定して影武者がいたとする報道もあり、現につい数ヶ月ほど前影武者らしき人物の写真がマスコミを賑わせたこともあった。何らかの飛行機が墜落炎上したことは間違いないようで、誰の仕業なのかについては、ほとんど異論がないようだ。  さてブリコジンはすでに過去の人で、政治的な影響はなさそうだ。あるとすればブリコジンの乱の際仲介をしたベラルーシのルカシェンコ大統領のメンツの問題が残るが、この人もすでに死に体状態で、結局は政治の冷徹さ、あの人物の冷酷さだけが浮かび上がる仕儀となる。  どこの国においても、どの時代においても、暗殺は問題解決の一つの手段であった。そして民主的国家においては、為政者自身がそれらに関与しているとするイメージを出来うる限り排除してきた。なぜなら為政者は我々国民と同様な小心な一市民である、という建前があったからだ。  プーチンにしろトランプにしろその辺りが異なるようだ。  でもトランプらしさや小心な市民らしさに関心を寄せるのは多分間違っている。大事なのは冷酷無比な「国家」という化け物であろう。

出してみた 機嫌伺い 返り待つ 遅速で判る 認知度テスト

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   長男夫婦が2泊した。6ヶ月の赤ん坊の成長が楽しみだ。夫婦の手のかけようを見ればたくさんの子供は想像できない。第二次世界大戦の終結直後多産の時期があったが、子供に対する関心の割合は小さかった。  

物足りぬ 森に蝉なく 空音(そらね)のみ 寒蝉漸く 一声漏らす 

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  あれほど激しく夏を謳歌した蝉がパタっと音沙汰を無くした。そんなこともあってか心なし夏も峠を越したかのようだ。孫たちが集まって賑やかしい。  

話し掛け られなくなったら やめたら 時が動かず 悩みも凍結

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     何も考えていない状態というのは意識すると作出が結構難しい。ところで「何も考えていない」状態とは、文字通り何も考えていないのではなく、特定の事柄を指している場合が多い。あえて特定して名称を口にするのも嫌というわけだ。名さえ出したくないという心情が、「何も」を考え出したわけだ。  となると話は早い。他のことを考えれば良いのだ。やたら長くて捉えどころのない本でも読むことだ。そしてその本は読み出したら縁を失いたくないと思わせないといけない。そんな本を探すために読書家は読書に勤しむ。

嘘のよう 静寂の森 突然に 姿現す 夏の魔のとき

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 久しぶりに三宮近辺に赴いたが、驚くような人の出の多さであった。どの喫茶店もくつろげるどころか、入店するために行列に参加を強いられるという有様であった。店舗の入れ替わりは凄まじく買い物にも支障が出るほどだ。スポーツワールドは姿を消し、ジュンク堂は気の毒なぐらい縮こまっていた。センター街の下の地下街では流行る店とそうでない店の格差が無残なほど出現していた。全てを一言で言えば、大阪化である。  

風折れ枝 路上に晒され 風に舞う 誰もが無視し ただ通り過ぎ

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 高温と高湿度にうんざりさせられている今年の夏であるが、何かと〇〇しない言い訳に使われていることは想像に難くない。  プルースト「人は自然の無分別な掟に宗教という名称を与える」  となると昨今の気象の科学的解明の進捗は、大いに宗教の幅を狭めたことになりそう。       

空と海 区別つかない 白色の ただ垂れ込みて 漁船の音

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 透析患者の間ではコロナが息を吹き替えしているらしい。早速複数の元患者に色々聞いてみた。コロナ自体対応の薬はあまり服用していないようだ。主に解熱剤。場合によっては抗菌剤を用いた人も?予後については倦怠感が残るらしい。  高齢者や高リスク者からは聞けなかった。それ以外の人にとってはそれほどの大事ではないといった感じだ。それはそうだろう。免疫力の有無、強弱が生死を分け、病状の軽重を分つようだ。  

思索埋め 思考無くすため 勤しむや 難解な本 浸る安逸

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  昨日は友人の訪問日だった。月に二回のペースで,一回は概ね5時間だ。帰り間際友人が突然発した。 「どなた?」  虚をつかれて思わず自らの名前を出した。  答えは、その名前の人は中学高校が一緒の長年仲の良い友人です。  私の返答。その人が私です。  想念上の「私」と目の前にいるリアルな「私」が一致していないのが明らかだ。拠って立つ地盤がぐらぐら揺れているようだ。後になって思い出したのだが、亡くなった母に晩年「どちらさま」と言われたのと同じ感覚だ。  2019年7月12日飯豊山で遭難したときが一つ目の転機だとすれば、昨日は二つ目の転機となった。

勢いで 詠み始めたが 息切れし 苦肉の策の ステレオタイプ

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   大騒ぎした割に被害流と運休に言及するのは早く、は稀だった。(もちろん大きな被害が発生したところもある。)ところで公共交通機関が事前に早々と運休を口にするのはいかがなものかという意見が出ている。確かに以前に比べ運休に言及するハードルは下がってきたようだ。そこを捉えて責任を自覚しているのかと言いたいわけだ。万やむを得なくなって運行できない、というイメージが頭から離れないようだ  

こんなにも 暑い夏かって あったのか 思考が揺らぎ 目眩を生じる

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     台風7号は昨日昼近傍に再上陸した。近傍には被害はなかった。

肌撫でる 生緩い風 不穏秘む 寒蝉1匹 鳴く心細し

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     台風7号が和歌山県潮岬付近に上陸した。本日(15日)昼頃神戸に接近する。  

炎天木陰 女犬抱き 正座する 怪しき空気 冷気醸す

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           13日・平磯東展望台・ハブランス・ロブスタス    バトリス・ルコント監督の「髪結いの亭主」を観た。  まず目につくのは極端に端折られた話だということだ。結婚にしてもあっという間に成立するし、「髪結い」のマチルダの来歴は一言だし、10年はあっという間に過ぎる。  監督がどうでもいいやと判断したんだろうね。大事なことはマチルダと亭主のアントワーヌはとっても幸せだったということ、その幸せの本質が秘めた官能にあること・・・。  終わりをどうしようかと考えたんだろう。幸せは永遠には続かない。破局は忍びなく、ありきたり。ということで「自殺」という奇手を捻り出したんだろうね。(養老院のシーンをわざわざ入れたのに監督の後ろめたさを感じた。)  二人が幸せだったいうことを表現する方法が他になかったということだけだろう。  それにアントワーヌのダンス。意味深で滑稽でユーモラスで優しげ。なんなんだろうね。まあアントワーヌそのものと理解するのが常道かな。

街路柱 何度も挑む 蝉滑る モチノキあるに 何故執着す

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   大谷選手も今年はお疲れのようだ。足や腕の痙攣、指の不調。もっと大きな疾患があるのではと案じられる。我慢するからしばらく休んでほしい。大衆の見たい欲求は際限がない。

良し悪しは 巡りもあれば 在りのまま 言葉以前を 言葉の形に

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 昨日のプライムニュース、出演していた大澤淳氏のサイバー空間における現況説明には驚かされることばかりだった。つい最近日本政府がアメリカ政府からハッキングされているという警告を受けた件では、政府は公式見解では、盗まれたものは確認できないと述べた。凡庸な我々は、ハッキングされたけど被害はなかったんだ、と受け取った。政府見解は言葉としては間違いはないが、意味するところは、違う。盗られたか盗られていないか、あるいは何が盗られたか、それが確認できないという意味だという。ハッキングされたのだから、何かが盗られたはずだが、何を盗られたか確認できないという。被害者が状況把握できない。何が盗られたか分からないから対処もできない。大澤氏は現役の政府側のサイバー防御の人だ。  大澤氏の唯一先の見える話はこうだ。中国もインドも独自のOSを作ろうとしている。 (「日本も取り組むべきでは」)  

音の無い 嘘覆う森 この静けき 示し合わせて 皆息殺す

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    あの喧騒が、あの蝉の存在感ある繰り返しが、全くなくなる時がある。音はしないがじっと息を潜ませている。音はしないが鼓動は感じる。開演を前に気を凝らして集中している。

大雨過ぎ 慎ましく鳴く その最中 何処に身潜め 生命永らえん

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  「失われた時を求めて」が第3巻に入った。殊更楽しいわけでも面白いわけでもないが、一旦読んでみようと思った気持ちを覆すほどのインパクトはない。時にはこの部分同感だなーとかここのところの言い回し参考になるなーとかに遭遇はするが、正直なところ概ね退屈といっちゃ退屈ではある。寝床に入った時読んでみようかなとまず想うのは、アプリの週刊誌だ。これに飽きた頃まだ何か読む元気が残っていたら、この小説を開くことになるが、そんな機会はほとんどない。主なこの小説の読書タイムは、朝風呂に入った時だ。       

何故かくに 齢を重ね 不満げや 時の流れに 意義ありもせで

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   昨日も例によって凄まじい暑さであった。ジョギング前と後では、体重が0・6キロも減っていた。映画「仕立て屋の恋」を見た。あまりに的を射ていたので、唖然とした。その一年後に製作されたとする「髪結いの亭主」に俄然関心が湧いている。

音轟き 遺骸散らばる 蝉の道 忙しなき音 追いかける音

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      木々の中を歩いていると、前からも後ろからも首筋にも手にも、蝉が飛びながら当たってくる。セミも多分驚いているように見える。適当に飛んでいたら障害物に当たってしまったという感じ。木に止まっているセミに帽子を被せてみると、敏捷とは言えないが、それでもなんとか抜け道を探して窮地を脱している。蝉は死ぬ時多分なんの予兆も感じていないようだ。よく歩道の上で仰向けになって死んでいる。あらかじめわかっていたらもっと適当な場所を選んでいたろうに。  それにしても蝉は地上に出てから1ヶ月前後生きるという中学生の観察記録は秀逸だった。あんなに長い間地中で苦労し、たった7日間しか地上で自らを謳歌できないなんて、儚さの象徴だ、なんて趣旨の俳句短歌が山のようにあるかも。凡庸さの山盛りだ。7日も1ヶ月も短いことに変わりない、という反論が聞こえてきそうだが、恥の上塗りだな。笑われたのは、確かめもせず大事な心象を託したこと。  

何気なく ムイシュキンかもと 漏らす君 何年経てど 今聞いたよな

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  「魔の山ってね。」「私ってムイシュキンかもしれない。」・・・。いろんな人が何気なく漏らす言葉の数々。その時々には気にも留めないから、真意を確かめもしない。50年前後経過して、なんとなく気になり出して、「白痴」を読み始めたり、トーマス・マンを本棚から引っ張り出したりする。言葉自体にオーラがあったのか、漏らした人物にオーラがあったのか。  振り返ると、これら以外に格別覚えている発言は今のところない。(ふとした瞬間に蘇ることがあるかもしれない。)

ホームドラマ ハッピーエンド お定まり 繰り返される まさに日常

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 クマゼミとアブラゼミの違いがわかった。ちなみに数的には前者が圧倒しているようだ。ところでクマゼミは、熊みたいにゴツいとか。そうかな?アブラゼミは羽が油紙みたいだから。と言っても油紙じたい今じゃ通用しないかも。木々の間を歩いているとよくセミにぶつかる。他に比べると対物センサーが脆弱なのだろう。  

ジィージィーと 聴こえればふと 落ち着きて 遠き昔の 行き違い想う

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 昨日の王座戦挑戦者決定戦。藤井7冠VS豊島9段。最終局面では一手ごとにAIの評価値が大きく変動し、文字通り手に汗握る熱戦となった。これほどのシーソーゲームは、ここのところ全試合を観戦しているが、見たことがない。応援の甲斐があって最後は落ち着くところに落ち着いた。8冠達成という歴史的な快挙を目の当たりにすることができるかもしれない。  

孫が来て 靴を揃える 躾かな ずっとこのまま 見つめられたら

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   沖縄に台風が近づき、離島から脱出できない人が続出しているらしい。身に染みて地の果てを実感したことだろう。時間に制約のない人、健康状態に問題のない人、経済的に安定している人、精神的ストレスに負けない人。これらの人でないと二次離島まして三次離島に行くのは難しい。  やっぱり旅は危険なもの。

昼の前 さっと鎮まる 蝉の声 風のみ通る 恒例の時

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 暑中見舞いを認めた。下書きをして、語彙の辞書的チェックを済ませ、絵柄的にぴったりの絵葉書に挑む。先ず相手の氏名を中心よりやや右側にまっすぐに。その右に住所。左側に自分の住所氏名。とてもさりげなく。下段に用意した本文を丁寧に。概ね用意した全文は入り切らない。無理にねじ込む作法もあるが、それは採らない。結果尻切れ蜻蛉状態となる。これはこれで余韻があってよろしい。

歩道橋 残された(犬)糞 気にした目 暗部の隅に 積み重なる罪

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  サルスベリが満開を迎えつつある。夏の真っ盛り咲く花の少ない中、キョウチクトウ、ムクゲとその花が慰めてくれる。サルスベリを見ると樹皮の存在に思いが及ぶ。昔樹皮の効用について聞いたことがあるが、覚えているのは保護材としてのものだ。虫や衝撃や病害などから中心部分を守っている。サルスベリの場合あんな丸裸で問題はないのだろうか?